。。。☆ miya's Caprice ☆。。。                     back,nu-log


Vol,1 【世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド】 村上春樹著



どうも、Vocalのmiyaです。
新コーナー稼動おめでとう、ありがとう。

あたしは本を読むのが狂ったように好きですが、日本人作家では村上春樹が大好きです。
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』は、
あたしが十数年前の大昔に初めて春樹ワールドに引き込まれるきっかけになった
今でも読み返すほど特に好きな小説。
最近はなかなか新刊が出なかったので、彼の翻訳した小説やルーツになっている作家を読み漁っています。
J・アーヴィングやT・オブライエン、レイモンド・カーヴァー・・・
どれも全部好きな作家リストに入りました。
彼らの小説に関しては、またのネタに取って置くとして、
とりあえず、今は9月に出る村上春樹の新刊『海辺のカフカ』が楽しみでどうしようもないです。
長編は久しぶりなので、動悸息切れめまいなほど楽しみです。
『カフカ』と言えば、一番有名なのがたぶん『変身』ですが、
みなさんもこの残暑に虫になんかならないように気を付けましょう。
あたしも、うんと気を付けています。
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の内容には触れずに立ち去ろうと思います。
気になる方は読んでください。きっと、どこかへ行ったままになります。
読む場合は『虫になっちゃうこと』以上に気をつけて下さいね。

それでは、今後も猫と本と音楽に囲まれた生活をして
かっこよく、時にはかなり下品な唄を唄っていきますので、
よろしくねっ。

(2002年8月26日月曜日)


Vol,2 【JANIS JOPLIN】



<JANIS JOPLIN>
1943/01/19  
テキサス州ポート・アーサー、聖メアリ病院で生まれる。
1970/10/04  
ハリウッドのランドマーク・ホテルで死体となって発見される。
死因はヘロインの打ちすぎ。アルバム『パール』のレコーディング中で、歌入れを残したまま。
享年27歳

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写真のフィギアはプレゼントで貰ったものです。
本当にとてもよくできています。


Janisの歌と初めて出会ったのはあたしが高校2年の頃。
中古レコード店で購入したベスト盤のレコードに針を落として
彼女の声が流れてきたその瞬間から、気が付いたら涙がポロポロ流れていた。
誰かの歌を聴いて泣いたのは生まれて初めてのことでした。
それまでも唄うことは好きだったし、プロ志向で唄ってはいたけれど、
やっぱりJanisの歌と出会ってからがあたしの歌唄い魂の本当の始まりだったと思っています。
あたしが60年代のアメリカに触れた最初でした。
ここからどっぷりとはまっていくわけですが、後にも先にもJanis以外に
あたしを根っこから動かしたヴォーカリストはいません。
好きなアーティストはたくさんいるけれど、たぶん彼女の歌を聴いてなかったら
知らないままだったかもしれません。
唄うことが好きでプロになりたいただのあたし、
読書中毒で友達もろくに作らずいつもなにかに悶々としていたあたし、
そういうあたしに『唄うことで自分の心の中を表現する』ということを
気が付かせてくれたのが彼女でした。
自分の『理想と現実』『内と外』に苦しんで死んでいった彼女に
『生かされて』いるヴォーカリストはきっとたくさんいると思います。
あたしもその中の1人です。
全盛期がたったの3年くらいだったJanisが残していったものは
とても大きく広く、今でも影響を与え続けていますね。
あたしが彼女の歌と出会った頃より、たいぶ名前が知られてきているように思います。


Janisのようになりたい時期を長く過ごした今のあたしは、もうそうは思っていません。
今ではステージを見て「ジャニス好きでしょ?」と言われることはなくなりました。
あたしにとって彼女はあたしに影響を与えたアーティストの中の1人になり、
あたしは彼女を含めたたくさんの『歌』と『音楽』を吸収して今の『miya』としてステージに立っています。
そうなるべきであり、そうなれなかったらとっくにあたしの歌は成長することをやめていたでしょう。
ただ、そうなれたのかもしれないと考える時、
あたしは無意識にJanis Joplinを思います。
2003年1月19日で彼女は60歳になっていたはず。
Thanks&Happy Birthday Janis!

(2003年1月21日 火曜日)


Vol,3 【小確幸】

『しょうかっこう』と読みます。
「小さいけれど確かな幸せ」という意味の小説家・村上春樹の造語です。


誰にでもきっとありますね。
どんなにつまらない退屈な日常の中にでも、
なんて不幸なんだろう、と思うようなついていない時にでも。


小確幸。
その日、起きて最初のコーヒーがとても美味しく感じた時。
鼻先がくっつくほど近くで、猫が無防備に熟睡をしながら寝返りをうってため息をついた時。
そして、その息が顔にかかった時。
とても大切な人が柔らかく笑った時。
その人たちを大切に思っていることを実感する時。

そういった事柄を1つ1つ思い出していくと、自分が思うよりもたくさんあったりします。

逆説。
そういう事柄が多ければ多いほど
やりきれない時には尚更やりきれなくなったりもします。
今の自分の在り方に首をひねって、折れるほどひねって、
頭がぐるぐる回る時。
深い井戸の中に落ちてしまうと手放したくない事柄や存在を大きく感じてしまう。


どこにも行かないで。
このまま何も変わらずにいて。
嘘でもいいから誰か約束してください。

今、この瞬間に幸せであることを認めてしまったら、きっと次は幸せでないことがやってくる。
いつだってそう。
やつらは必ず忘れずに待ち伏せてる。
それを知っているから幸せを感じることが恐くなる。
そのうち幸せなんて信じなくなり、
いつ失ってもいいように肩に力を入れて暮らすようになる。
幸と不幸の落差をできる限り減らす。


幸せの価値観が十人十色なように、不幸の価値観・・・重大さも同じく。
人にはどうでもいいような些細なことが、別のある人にはとても重大な不幸だったりします。
他人の気持ちなんて分かるはずがない。
「ボクはキミじゃない
キミはボクじゃない
ボクにはキミがわからない
キミにはボクがわからない」
そういうこと。
友人の『言葉ノート』にあたしはこう書きました。
あたしが常日頃から感じていることです。
とてもネガティブに聞こえますか?
たぶんそうですね。
でも、正しいと思っています。
だからあたしは人に愚痴はこぼしても相談はしません。
答えはいつだって自分の中にあるんです。
赤い服と緑の服、迷っていても実は最初から緑の服を選んでいるんです。


ただ。
わからないけれども。
わからないけれども、わかろうとする気持ちを捨てたりはしません。
誰かが井戸に落ちたとき、
安っぽい共感や出来合いの慰めは言葉にしないけれど、
痛みを理解しようとはしてみます。
むしろ身体が欠片を理解して反応を起すことの方が先かもしれません。
わからないけれども、わかろうという気持ち。
それがあたしにとっては本当のような気がします。
きっとあたしの気持ちの欠片もそんなふうに拾い上げてくれる人がいるんです。


それってけっこう幸せですよね。
唄えること、唄わせてくれる人達がいること、聴いてくれる人達がいること。
あたしを柔らかい笑顔にさせてくれる人達がいること。
あたしに「キミを解りたい」と思わせてくれる人達がいること。
コーヒーが飲めて、猫がそばにいること。
・・・手放したくないものがあること。


小確幸。
いい言葉だと思いませんか?

(2003年10月29日 水曜日)


Vol,7 【2004年冬のNANA】

深夜2時に枕元の携帯電話が鳴った。
まだやっと眠りにつこうとしたばかり、電話に出るつもりはない。
一度は切れた呼び出し音が再度鳴る。
ほんの少しはっきりしてきた頭に「緊急事態」の言葉が浮かぶ、ライトスタンドを灯して電話に出た。
それがあたしの経験する最大級の緊張のはじまりだった。

翌日、2004年12月某日。午後4時45分。
あたしは地下鉄の階段を上り東京タワーの見える場所に出た。
隣には「緊急事態」をあたしに持ちかけたTくん。
あたしは今から彼に連れられて歌を唄いに行く。
どこかのスタジオで、誰かが歌う曲の仮歌を唄いに行く。
どんな曲なのか、どんな人たちがいるのかも知らない。なんだかすごいことらしい、それしか分からない。
スタジオはビルの7階にあった。
会社の中にある4畳ほどの小さな小さなブースと音響機器。
コンピューターの大きなモニターの前に座っているエンジニアにTくんがあたしを紹介してくれた。
あたしは何がなんだか分からないまま頭を下げる。さっきまでは外の寒さにかじかんでいた両掌は汗で湿っている。
エンジニアのGさんが「あなたが唄うのはこの曲だよ」と曲をかけて、歌詞の印字された数枚の紙をくれた。
コンピューターの両側から流れてくるしっとりしたバラード、あたしよりも前にほかの誰かが唄ったもの。
何人かのテイクと3種類の歌詞。
どのテイクとどの歌詞で覚えるか検討した後、あたしはその部屋に一人残された。
曲を覚えなくちゃ、なんとかレコーディングができる程度まで曲を身体に入れなくちゃ。
防音になった部屋でたった一人、最初はつぶやきながら、最後には大きな声で立ち上がって唄う。
コンピューターのenterキーを押すと曲が最初から再生される、何度も何度もenterキーを押して、何度も何度も唄う。
緊張した身体にはなかなか曲が染み込んできてくれない。うまく唄えないと、また最初から再生する。
一時間後、あたしは防音ドアを開けた。なんとかいけそうです。じゃ、録ってみようか、とGさん。
Gさんがコンピューターの前に座り、Tくんがその脇に座る。あたしはブースに入り、ヘッドフォンをする。
マイクの高さを調整してもらい、ガラスの向こうのGさんが「8小節前から出すねー」。
ヘッドフォンから聞こえる今日初めて聞いたバラード。
心臓が暴れてるみたい、カラオケには誰の唄もない、あたしがそこに乗せなくちゃならない。
とにかく何も考えずに唄ってみる。
2回目のテイクを、今度は少しづつ直していく。そして一通り出来上がり。
こんなんでいいの?
「Jさんが来るまで待ちましょう」
Jさんはどうやら今回の仕事のディレクター。一番えらい人。
そうだよな、これで終わるはずがない。
GさんとTくんは古い友人のようで、懐かしい話から音楽談義、世間話、と楽しそう。時々はあたしも話に加わる。
でも身体は硬直したままで、無理に笑った顔は痙攣でも起こしそうだった。

一時間ほどしてJさんが登場。
「いやー、ごめんごめん、会議が長引いちゃった」
背の高いニコニコした人。
優しそうだけれどきっとシビアなんだ、そうに違いない。緊張再び。変な汗。
miyaです、よろしくお願いします、と精一杯の笑顔で挨拶。
「なんかアレだね、あはは、ちっちゃいね」と笑うJさん。
だめです、そんなふうに笑顔をくれたって。ほんとは怖い人のくせに、分かってるんだから。ものすごい疑いをかける。
Gさんが一通り録音したと伝えると、「聴いてみよう」とJさん。
今思えばこれがまさにオーディションの瞬間。
真剣な表情であたしの唄を聴くJさん、歌詞に赤ペンでチェックを入れていく。いっぱい入れていく。
「いいんじゃない?これ直していこうか」
いいの?まじで?
ってことは、あたしまだやるのー?
なんてことが言えるはずもなくまたブースに入りヘッドフォンをする。
何箇所かのニュアンスやピッチの直し、緊張して声がかすれてくる。
頭が真っ白で音が見えてこない。歌詞が目の前にあるのに間違える。
もう一度、もう一度と繰り返される。みんなとても優しい、でも怖い。
もう唄えない、唄いたくない、帰りたい、ヌードエアーで唄いたい、自分の唄が唄いたい、
メンバーに会いたい、メンバーが恋しい、一人は嫌、不安でいっぱい。
緊張と疲労で一体自分がどこを唄っているのか何をやっているのか分からなくなってくる。
そもそも最初から何をやっているのかなんて聞いてないし。
それから後はこれでもかこれでもかと押し寄せる混乱の嵐。
「オッケー!じゃあね、次はね、この歌詞で唄って」
ぎょえーーーーーーーー、うそでしょーーーーー、もしかして全部のパターンを録音すんのーーーー??
「オッケー!それじゃ、今度はここの下ハモ入れよう」
まじっすかーーーー?コーラスもやんのーーー?
「オッケー!そしたらさ、この曲いけるかな」
極めつけ。別の曲!?2曲目??・・・死ぬかもしれない。

「ところで何時まで大丈夫?」
時間はすでに夜の10時半。11時半がギリギリです、と答える。
「えーっとさ、明日は?」
・・・・・・・・・本当に今度こそ死ぬかもしれない。
あたしは「はい、大丈夫です」と答えていた。どういうつもりだ、自分。
そんなわけで、それから連日、1日おきという形であたしは1人で午後から7日間通った。
歌詞が次から次へと変わり、その都度コーラスも録音する。体重が落ちた。

このプロジェクトに関わった2日目。
まだ緊張も冷めず、それでも少しづつコミュニケーションが取れるようになったエンジニアのGさんに聞いてみた。
あたしがやっているのは一体なんなんですか?
『NANA』だった。やたらにヒットしている 矢沢あいの少女漫画『NANA』
翌年秋に公開予定で実写映画化される『NANA』には2つのバンドが登場するわけで、
そのうちの1つがレイラというカリスマボーカリストのいるバンド『TRAPNEST(トラネス)』。
あたしはよく知らなかったけれど、その『TRAPNEST』のレイラ役に伊藤由奈という新人がキャストに決まった。
彼女がレイラとして唄う、彼女のデビューにもなる2曲をあたしが唄っているということだった。
NANAを良く知らないなりに、その時点で主演が中島美嘉と聞いてちょっとびっくり。
間違いなく映画はヒットする。劇中歌ではあるけれど大きなプロジェクト。
あたしはその2曲の歌詞選考の最中に仮歌の担当で参加した。
あたしがすべての候補の言葉を唄い最終段階まで持っていく。
会議にかけられ言葉が変わるたびに主旋律とバックコーラスの録音をし直す。
唄い方や譜割の指示も細かく表現する。その出来上がりをレイラ・伊藤由奈が唄い、CDが発売される。
うーん、ピンとこないがすごいなぁ。

仮歌レコーディングの最終日。関西でのクリスマスライブに発つ前日だった。
『ライオンガール』のリリースもある。メンバーはいつものスタジオでリハをやっている。
たった一行の歌詞の変更のためにあたしはスタジオへ向かった。
いつもとは違うスタジオ。ここでレイラ・伊藤由奈がレコーディングをするのかもしれない。
そして彼女がマネージャーと一緒にスタジオに来た。
あたしがブースの中で唄う間、彼女は隣の部屋でおにぎりを食べていた。レイラの姿だった。
録音は一時間ほどで終了。Jさんに「あたし、本当に明日から関西だからいませんよ!」としつこく話す。
そのくらいのことが言えるようにはなった。
「すぐそこで撮影があって」とマネージャーさん。みや、由奈ちゃんと挨拶。
「はじめまして、みやです」
「伊藤です、お疲れ様」
きれいな人だった。
髪の毛くるくる巻いてた。
たぶんもう二度と関わることも会うこともないんだろうな、と思いながら、
あたしは走って電車に飛び乗ってメンバーのいる場所へ向かった。

あれから9ヶ月。
2005年9月3日に 映画『NANA』 が公開され、9月7日にいよいよ レイラ・伊藤由奈 のデビューCDがリリースされる。
『REIRA starring YUNA ITO ENDLESS STORY』
そして驚くことにそのCDにあたしのコーラスが使われた。
仮歌で自分の唄に重ねたコーラスがそのまま使われることになったのだ。なんとなんと。びっくり。
印刷が間に合わずクレジットには載らなかったけれど、間違いなくあたしの声が入っている。
100回聴いても判断し兼ねる程度ではあるが確かにあたしのコーラスだ。
はっきりしているのは2曲目、カップリングの『JOURNEY』のサビ。
もし入手することがあれば是非じっくり聴いてあたしを探してみて欲しい。
2曲とも良い曲だし、そんな目的もちょっとは面白いかも。
ただ、しつこいようだが聞き分けられるかどうかはあなた次第。
よ〜〜〜〜〜く聴くとmiyaのビブラートが聞こえてくるよ。

最後に、この刺激的な初体験でお世話になったTくん、Gさん、Jさん、すべての人たち、
特にリハを抜けたり愚痴をこぼしたりお騒がせしたメンバーに心から感謝。本当にありがとう。
メンバーが気持ち良く背中を押してくれたからがんばれた。嬉しい結果につながった。
あれから何度か声をかけてもらい仮歌の仕事をしたけれど(ガンダムでデビューの高橋瞳ちゃんもだ)
やっぱりまだまだ緊張する。
あたしはヌードエアーが大好きだ。
でもこの経験はあたしを大きくしたし自信もついた。緊張して死ぬことなんかないって分かった。
言葉でしか知らなかった<仮歌>という仕事の奥深さを知った。
今になって思えばあの去年の12月、ナナ・中島美嘉の方も同じようにプロジェクトが動いていたんだな、と感慨深い。
そうやって何ヶ月もかけて出来上がったものなんだね。

ガンガン行こう。
みんなもガンガン行け!
大丈夫、うまくやれるさ!

2005年9月4日